過激痴漢史

第1期「過激痴漢の確立」1999~2001

【痴漢作品年表】
1999年8月6日~21人痴漢(2007年1月18日:vol.17まで)
2000年8月5日~痴女10人隊(2001年11月8日:vol.10まで)
2001年3月7日~痴漢バス興業(株)(2005年2月17日:Disc19まで)
2001年6月7日~アンチ21人痴漢(2005年8月4日:Disc28~)

ナチュラルハイ設立の3年前、集団痴漢という型破りな痴漢作品[痴漢10人隊]がソフト・オン・デマンドよりリリース。
痴漢AVと言えばドラマものが支流であった当時、集団痴漢師による車内ゲリラ占拠という非常識な猥褻行為は多くのファンを獲得。
さらなる刺激を求めた監督[とっちん]は、痴漢師を増加させた[痴漢20人隊]へと発展させ、走行中の電車内でファックを行う前代未聞!
いまや痴漢AVのバイブルとまで言われる過激路線を確立させた。

過激の名の下に1999年、新メーカー・ナチュラルハイ誕生。すぐさまハード痴漢を突き進めるべく[21人痴漢]制作開始。
走行中の電車内で人壁を作り全裸ファックを行うなど、被害者への要求もエスカレートして行った。翌年の00年。
21人痴漢のヒットを受け制作された[集団痴女]による痴漢作品[痴女10人隊]リリース。担当したのは、いまやハード監督として名高い[ばば★ザ★ばびぃ]。男は勿論、女も狙われる新鮮味のある雑食痴女行為は新たなるシリーズとして定着。

さらに翌01年。それまで21人痴漢ではカメラを担当、また自身も[プチ露出]を監督していた[ガンジャよしの]が痴漢作品に参戦!
過激路線を突き進む21人痴漢に対抗するかのごとく新たなる現役痴漢師を集めたリアル痴漢作品[アンチ21人痴漢]を生み出す。
被害者の衣服をジワジワと切裂き恐怖感をあおる陰湿痴漢、拘束してのしつこい股間責めは後に、ナチュラルハイ痴漢作品最多のシリーズ[28]作品という大記録を打ち立てる。

21人痴漢の「赤」、痴女10人隊の「青」、アンチ21人痴漢の「黄色」、、、設立3年で3カラーの痴漢を軸に「痴漢と言えばナチュラルハイ」という確固たるブランドを固めていくと共に、それだけに留まらず公道へと活動場所を広げた痴漢作品も制作される。都内を走る路線バスと全く同じ作りのバスに痴漢師たちが集団乗車!
何も知らずに乗車した女性たちを次々と痴漢の餌食にしていく[痴漢バス興業(株)]がそれである。
痴漢師のホームと化した車内では、電車以上にやりたい放題。散々女体を楽しむと全裸で歩道にやり捨てる過激シーンは視聴者に衝撃を与えた。
これは現在の痴漢AVに多く見られる基盤を築いた作品と言っても過言では無い。
何もかも新鮮で且つ刺激的な電車&公道での痴漢作品は、後に発展するベースとなるものばかりであった。
しかし、その反面、、、視聴者も監督陣も過激への免疫力は向上していく。さらなる興奮を求めて…。

第2期「技術革新と世代闘争」2002~2003

【痴漢作品年表】
2002年10月5日~デジモ21人痴漢(2005年11月4日:Disc14まで)
2003年6月5日~ナンパ痴漢(2003年12月4日:Disc5まで)
2003年7月19日~アンチ痴漢バス興業(株)(2008年6月5日:Disc23まで)
2003年8月3日~帰って来た21人痴漢
(2002年9月6日:21人痴漢vol.14以来の復活)
2003年8月16日~レズ痴漢(2004年1月8日:Disc5まで)
2003年10月4日~痴漢革命中派(2006年12月21日:Disc13~)

依然として勢いは衰えず「2人組襲撃」、「連続全裸ファック」と過激痴漢の王道を突き進んでいた21人痴漢。
だが、ここに来て長年悩み続けていた映像の問題が気にかかり始めていた。それが被害者の顔、股間への[モザイク]。
当時、AV業界は各社多様なモザイクを売りとした作品が多く制作されていた。

そこで02年の最先端技術と言われていた「デジモ」を導入!そのことにより被害者の些細な表情や動き、強制フェラや挿入時の迫力を作品に反映させることに成功した。
 モザイクの全面リニューアルを進めていく中、痴漢作品にも実験的な試みが行われた。
それまで電車痴漢の3本柱であった痴女10人隊の指揮をとっていたばば★ザ★ばびぃ監督がメーカーを設立したことにより、一時中断。
この機会に頭角を現したのがISPこと[イタカ・スミスリンパウダー]監督である。

視聴者の「男が一切出ない痴漢は出来ないか?」との声に応えるべく、男女を狙う痴女ではなく女のみを狙うレズというコンセプトで[レズ痴漢]が始動。女でしか出来ない繊細な責め、美しい痴漢映像は新たなるファンを獲得。
淫具でイカせる行為は、レズ痴漢の発売2ヶ月前にスタートした後にISP監督の看板シリーズとなる[痙攣薬漬け水着モデル]で試された責め方が応用されている。一方、全く新しい痴漢として制作されたのが[ナンパ痴漢]である。
街中でナンパしてから痴漢師に渡し電車内で痴漢行為を受けてもらう、ナンパと痴漢を融合させた実験作品。
これを見た視聴者から「合意の上で痴漢をしてどうする…」「こんな映像みたことない…」など賛否両論のメールが殺到!物議をかもした。

この頃、21人痴漢は[デジモ21人痴漢]へ移行。痴漢バス興業(株)から顔モザイクを排除した[アンチ痴漢バス興業(株)]へ発展。
どれも、とっちん監督作品であった痴漢作品をリニューアル!新世代に任せ、とっちん監督は若手をプロデュースするかたちで制作が進められるようになる。新たな作り手が新たな過激痴漢を生み出す…。

そして03年。21人痴漢にも、アンチ21人痴漢にも、関わっていなかったISP監督による過激史上最も凶悪な痴漢作品[痴漢革命中派]がリリース。「乱暴に服を引き千切り」、「生ファックの果ては膣内射精」など、被害者をどん底に陥れる極悪非道な超ハード痴漢が展開され大ヒット!中出しまでして強行する極悪痴漢が、その後の痴漢作品を超過激路線へと加速させるのは言うまでも無い。ちなみに、超過激路線ブーム真っただ中に2年のブランクを経て、とっちん監督が[帰って来た21人痴漢]の指揮を取るが、視聴者の中派への加熱ぶりに圧倒され以後、制作中断を余儀なくされた。
が、、、中派よりも先に中出しが登場したのは、実は帰って来た21人痴漢であった。

第3期「電車、バス、そして」2004

【痴漢作品年表】
2004年3月4日~レズ痴漢バス(2005年7月7日:Disc8まで)
2004年4月3日~痴漢女子便所(2007年3月8日:Disc14まで)
2004年5月20日~アンチ痴漢バス興業(株)全裸中出し編
2004年8月5日~合法痴漢


路線と公道。2つの痴漢流儀を定着させつつ、2004年。着手したのが[レズ痴漢バス]と、[アンチ痴漢バス興業(株) 全裸中出し編]である。
シリーズを続けるごとに過激さを増すレズ痴漢がバスに移行し、アンチ痴漢バス興業(株)が一躍人気シリーズとなった痴漢革命中派のあおりを受けるのは当然のことであった。かといって、電車痴漢が衰えたわけではない。
アンチ21人痴漢は[最初から最後までマルチアングル]を導入し、視聴者が見たい視点で痴漢を傍観できる臨場感を売りにリアリティの追及を続けていた。

この年に注目すべきは「電車・バス以外に獲物は居ないものか?」「なにも交通機関だけに痴漢は存在しない…」という、実験的な場所を探す、とっちん監督の意向で制作された[痴漢女子便所]という実験的痴漢である。
当時、レズ痴漢の加熱ぶりを受け新たな潜入場所として選んだのが、女にしか入れない女の世界[女子トイレ]。
突然、現れた女たちに驚き息をのむ被害者。尿意を我慢しながらも女のテクニックに感じてしまう、そんな苦悶と快楽が入り混じる被害者の新鮮味ある恍惚の表情は、レズには興味の無かった視聴者に大きな反響を呼んだ。

痴漢女子便所の成功を産んだ04年は、まさに過激痴漢のターニングポイント。ナチュラルハイホームページ内のBBSには「こんな場所での痴漢が見たい」といった要望が続々と書きこまれていた。そして翌年、過激痴漢は一気に爆発する…。

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